貿易赤字を原発稼働停止のせいにしてはいけない大事な話


  自民党が大勝した先の衆院選の結果をもって、2015年は原発復活イヤーになりそうです。これはもちろん、原発再稼働・新設に反対する大多数の国民にとっても、シワ寄せを受ける再エネ産業にとっても良いニュースにはならないでしょう。

  ところで、最近は原発稼働停止による貿易赤字の話題をあまり聞かなくなりました。ただし、自民党政権に近いメディアは恐らく、”原発稼働停止による国富の流出”などいうプロパガンダを再び打って、世論を誘導しようとするでしょう。ですから、このレトリックに惑わされないよう、政府などの統計を用いて考えてみました。元々は2014年2月に備忘として記していたものですが、2014年もいよいよ残すところ僅かとなりましたから、来年の原発復活イヤーに向けて、その内容を共有させていただきます。

 



(2014年2月の備忘録から)

  この頃、日本の貿易赤字が増すにつれ、「日本の景気が悪いのは、原発が稼働停止しているからだ」とか、「火力発電こそが、年間数兆円もの貿易赤字の原因だ」という声をますます耳にするようになりました。堂々と言われれば正論のように聞こえますが、これは誤りです。そこで、東日本大震災の前後、つまり、2010 年と2013 年の貿易統計(財務省発表)の比較を通じて、この誤解を解いてみたいと思います。

 

  2010 年から 2013 年までの 4 年間で、日本の貿易赤字は 18.1 兆円増加しました。これに占める燃料輸入額の割合は 41.1 %にあたる 7.5 兆円です。確かに、莫大な額です。ここまでは、原発推進を支持する方々が得意とする主張そのものです。しかし本当の問題は、燃料輸入の「価額」が確かに増えた一方で、肝心の「数量」が増えていないことです。つまり、結論から先に申し上げれば、数量は変わっていないのに価額が増えたのですから、『燃料の価格上昇』と『円安』の二つが原因です。そこで、まずは、原油価格と外国為替相場、それぞれの推移をご覧頂きます。


  ▶国際通貨基金 IMF によると、2010年の WTI 原油平均価格はバレル当たり 6,963.53 円。2013年には、9,563.34 円にまで、37.3 % (約 4 割) 上昇。IMF (Primary Commodity Prices)

  ▶外国為替の平均レートでは、2010年1月の1ドル = 91.16 円が、2013年12月には1ドル = 103.41 円まで、13.4% (約 1 割) 円安。

 


  これらの事実を基に、次に、実際の貿易統計(財務省発表)を見てみます。
以下は、東日本大震災の前後、平成 22 年分(確定)と平成 25 年分(輸出確報;輸入速報)の比較です。

 

  主な輸入品名『鉱物性燃料』にある、原油及び粗油の「価額」は、4.8 兆円増加しています。しかし一方で、輸入「数量」は 1.4 %減少しています。上記の通り、この 4 年間で、原油価格は約 4 割も上昇し、ドル円為替平均レートは約 1 割上昇していますから、この原油及び粗油の輸入「価額」が 4.8 兆円増加した理由は、「原油価格上昇」による約 3.8 兆円、そして「円安」による約 1 兆円であることが分かります。


  結論 (1) 

  原油及び粗油の輸入「数量」は実際には減少している。しかし、輸入「価額」は増加しており、その理由は全て、『燃料の価格上昇』と『円安』に因るものである。従って、原発稼働停止と貿易収支悪化を結びつける理論は成立たない

 


  それでは今度は、火力発電(汽力とガスタービンによる)の主燃料である液化天然ガス(以下、LNG)を見てみたいと思います。財務省貿易統計上では、LNGの輸入「価額」は平成 22 年分の 3.5 兆円から平成 25 年の 7.1 兆円まで倍増しており、4 年間で約 3.6 兆円増加しています。その一方で、輸入「数量」は70,008千トンから87,491 千トンへと、25 %”しか”増加していません。

  「やっぱり、25%も増加してるじゃないか」と言われそうですが、そもそも、LNG が日本の全輸入品目の総量に占める割合は、6 – 9 %程度にしか過ぎません。さらに、LNG の輸入量は、ここ数十年、ほぼ年を追うごとに増加しています。つまり、これは原発が稼働停止する何年も前から存在する傾向なのです。マレーシアやカタールなどの”長期契約国からの輸入価格は日本の原油輸入価格に連動する方式が基本となっており、震災後の価格の高騰は、同じく、原油相場の高騰の影響を受けています”(経産省産業活動分析)。結果、LNG 輸入「価額」増加分 3.6 兆円のうち、2.7 兆円はやはり、「価格上昇」と「円安」によるものと理解され、実際の輸入「数量」増加によるのは 0.9 兆円となります

  結論 (2) 

  原発の稼働停止により、代替火力発電の必要性の高まりとともに、液化天然ガスの輸入も増加したという事実は、政府の統計上は見つからない。つまり、原発がフル稼働していた平成 22 年と日本の全ての原発が稼働停止していた平成 25 年を比べてみても、”貿易収支悪化の原因が原発の稼働停止に伴う燃料の輸入「数量」の増加である” と決めつけるのは早合点で、本当の主因は『燃料の価格上昇』と『円安』であると結論づけられます。

  いかがでしょうか。これは政府の政策や経済を重視される方、また、環境を重視される方のいずれにも、大きく関わることですから、私たち国民ひとりひとりが考えるべき実際のところだと思った次第です。

 

財務省貿易統計のリンクを貼付けておきます。 よろしければご参照下さい。

http://www.customs.go.jp/toukei/shinbun/trade-st/2010/2010_117.pdf

http://www.customs.go.jp/toukei/shinbun/trade-st/2013/2013_115.pdf

 

 

《補足》

  ここでは、あたかも”日本の貿易赤字の原因が原発停止だけにある”というメディア(そしてそこに登場する人たち)の論調が実際には誤りであることを指摘した次第です。原発再稼動を求める人たちが焦点を当てているのは国の貿易収支の話ですから、国のあらゆる部門が輸入をした際の「数量」と「価額」を財務省貿易統計(平成22年分と平成25年分)の比較を通じてお示ししました。
  また、実際に電力部門が輸入した「数量」と「価額」までは踏み込んでいません。これは輸入全体の一部でしかありませんから、(国の)貿易収支の赤字の原因が原発停止だけに決められないことが明らかな以上、不要だからです。その逆も然りで、電力部門の燃料輸入は、「鉱物性燃料」の27.4兆円の約4分の1と言われています。したがって、財務省貿易統計上の「鉱物性燃料」輸入は電力部門だけに限られるものではなく、あくまで国としての輸入ということになります。貿易赤字の大きなポーションを占める燃料輸入の『価額増加』の原因を、資源価格や為替の変動ではなく、原発停止だけに求めるのはおかしいと言わざるをえません。













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